「安定」という名の檻を、出た日
安定した会社に入った。給料は毎月ちゃんと振り込まれる。なのに、日曜の夜になると、胸のあたりが少しだけ重くなる。
——もし、その感覚に覚えがあるなら。この話は、あなたのための話かもしれない。
彼が「順調」だったころ
ある男がいた。仮に、33歳としよう。
大学を出て、そこそこの会社に入り、そこそこ真面目に働いてきた。上司には「安定してるな」と言われる。親も安心している。数字の上では、何ひとつ問題はなかった。
ただ、ひとつだけ引っかかっていたことがある。この10年で「自分の力で作った」と胸を張れるものが、何ひとつなかったのだ。
会社の売上は伸びた。でもそれは、彼がいなくても伸びたかもしれない。決められた仕事を、決められた通りにやる。ミスをしなければ評価される。——それは「安定」だ。でも同時に、天井が最初から決まっている、ということでもあった。
本当に欲しかったもの
彼が欲しかったのは、たぶんお金だけではなかった。
「これは自分がゼロから作った」と言えるもの。自分の判断で動かせる現場。うまくいけば自分の手柄で、失敗しても自分の責任だと言える仕事。誰かに決められた天井ではなく、自分で天井を押し上げていける場所。
でも、こうも思っていた。「今さら未経験の世界に飛び込むなんて、遅すぎる」「何のスキルもない自分に、そんなことができるわけがない」
——この2つの思い込みが、彼を10年、同じ椅子に縛りつけていた。
気づいた瞬間
転機は、意外なところから来た。
一杯のラーメンだった。行列のできる店ではない。地方の、家族でやっているような一軒。その店主が、まかないを食べる若いスタッフに、こう言っていたのが聞こえた。
「技術は、教えられる。でも“やってみたい”って気持ちだけは、教えられへんからな」
その瞬間、彼の中で何かがつながった。
足りなかったのは「経験」じゃなかった。「やってみたい」に、素直になる勇気だった。
技術は、仕組みがあれば身につく。実際、世の中には「未経験の人を、一人前に育てる仕組み」を持った会社がある。たとえば、全国40店舗以上に広がった豚骨ラーメン「ばり馬」。あの吉野家グループのブランドだ。本部でしっかり研修をして、ゼロから店長を育てる——そういう「育成を前提にした設計」が、そこにはあった。
つまり、こういうことだ。「経験がないからできない」のではなく、「経験を積める場所を選べばいい」だけだった。
そこから、彼がしたこと
彼は、いきなり全てを捨てたわけではない。ただ、「調べる」ことをやめなかった。
未経験からでも現場に立てる世界があること。そこには研修という仕組みがあって、才能ではなく設計で人が育つこと。そして——これは彼にとって一番大きかったのだが——最近では、飲食の現場を「AIやSNSで発信して伸ばす」という新しい戦い方が生まれていること。
大阪で1号店をゼロから立ち上げようとしている、ある経営チームがあった。その経営者は、ラーメンの人ではなく、AIとオンラインマーケティングの専門家だった。「これからの店長は、鍋の前だけじゃなく、画面の向こうのお客さんとも戦う」——そんな思想で、店を作ろうとしていた。
彼は思った。「“遅すぎる”んじゃない。むしろ、こういう場所こそ、これから始まるんじゃないか」
天井を、自分の手で
ここまで読んで、気づいたかもしれない。これは「彼」の話であって、あなたの話でもある。
安定は、悪いものじゃない。ただ、それが「他人が決めた天井」の言い換えだとしたら——一度くらい、自分で天井を押してみてもいいんじゃないか。
飛び込め、とは言わない。まずは、「そういう世界があるらしい」と知ること。それだけで、日曜の夜の重さは、少し変わる。
私たち雲海は、そういう「自分で天井を押したい人」と、これからの飲食を作っていきたいと考えている。その理念の続きは、また別の話で。
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